これからお産を迎える人へ
自然な暖かいお産ができたらいいですね。
会陰切開ももちろんなしで。
不必要に体を傷つけないで、切らずに済むなら切りたくない、
という人は多いのではないでしょうか。
「お産の時って麻酔なしでアソコをバサッと切られるんだって」
「でもお産の痛みの方がすごくて切られたことに気づかないらしいよ」
「切ってもらわないと裂けちゃうんだって」
こんな話を小学生の頃からずっと長いこと信じてたけれど、ウソでした。
実際のお産は思い返してもほのぼのと暖かく、
恐怖なんてなかった。
「スイカを鼻から出す感じ」とか
「上唇をぐーーーっとひっぱって頭にかぶっちゃうくらい痛い」とか、
そんなこと出来るわけない!!
体というのはとても上手いことできていて、
妊婦になりお産のときがくると
アソコは良く伸びるようになるのです。大丈夫。
会陰切開も無し。
かといって、裂けもしない。
そんなことしなくてもちゃんと産めるのだ。
「それは安産型だから」とか言われそうだが
確かに安産・難産というのは、
お産固有のものだし体質も関係あるけど、
きっとそれだけではない。
安産は“+αの努力でつくれるもの”かもしれない。
逆に、努力を怠ったが故に、
せっかくの安産体質でも難産になるかもしれないですし。
どうなるかはわからないけど、
何もしないより、安産目指して努力するのは
価値あることではないでしょうか。
何も気にせず、何も努力せず、医師に頼るのみで出産日を迎えて、
訳がわからないまま会陰切開されるのだけは避けたい。
“赤ちゃんをロケット噴射しちゃって、気がついたら先生の白衣の下半分が血で真っ赤だった”
“陣痛が3日も続く難産で、最後は看護師が3人に乗っかって押し出された”
“いきんだら大腸が一緒に出ちゃって、お産終わってから腸を自分で手でしまいなさいって言われた”
“分娩中ほったらかしにされて、最後の介助が間に合わなくて、頭出ちゃってオシモ裂けちゃったよ”
“逆子の向きを直されて、その時にへその緒が絡まって、帝王切開になっちゃった”
これらはひと足先にお産した、友人たちのエピソード。
出産おめでとう!という気持ちとは別で、
いろいろ想像してると痛々しい気持ちになってきます。
自分が出産するまでは、お産ってそういうものだと思ってたけど。。。
今では、「妊娠期間のちょっとした心構えや準備で
お産は変わることもある」と信じます。
出産は赤ちゃんと自分とでつくりあげるもの。
お産は当日にどうにかなる、のではなく、
どんな風に生まれたいのか、生みたいのかを考えてみましょう。
苦しいお産は生む側だけでなく、
生まれる赤ちゃんにとっても苦しいとのこと。
素敵なお産ができたら、その後に続く育児にも
スムーズに入っていけるのではないでしょうか。
お産は十人十色だけど、一つのお産の話として
何か参考になることを残せたらいいなと思います。
2008年07月10日
2008年07月09日
この本に出会えて良かった!
産院選びも大事ですが、
妊娠してすぐにすべきことはこの本を読むことです。
『分娩台よ、さようなら』〜あたりまえに生んで、あたりまえに育てたい〜
大野明子 著
不要な医療介入の多いお産に疑問を唱え、
本物の自然分娩の素晴らしさを医学的に、精神的に教えてくれる
まさに"お産の啓蒙書"です。
この本に出会わなかったら、私のお産に対する意識は低いままに、
「みんなが経験してるんだから、なんとかなるさ」
くらいの気持ちだったと思います。
赤ちゃんを産むことを軽々しく考えてたつもりもないけれど、
「いのちを生むこと」に対する姿勢を
ピシッと正された感じの衝撃でした、
出産までに3回は読み返したかな。
発達した医療の恩恵と、
人間本来のお産の能力とのバランス、
そして、自分のお産がどうありたいかを考えさせられました。
と同時に、いろんなことがわかりました。
医学的、生物的なお産のしくみ、
妊娠期間中の過ごし方、すべきこと、
医療介入にどんなものがあるのか、
どんな産院を選んだらよいのか、などなど。
そして何より、こころが安らかになり自信がもてました。
私の場合、妊娠がわかってすぐに親しい人がこの本を薦めてくれました。
でも、まず産院選んで
あとでゆっくり「分娩台よ〜」を読もうと思ってましたが、失敗。
先にこの本を読むべきでした。
だって産院選びの基準は「分娩台よ〜」を読んでから
明確になるからです。
幸い、私は里帰り出産だったので、
実際に産む方の産院選はしっかりとした基準で選びました。
重要なんですよ、産院選びって。
どこも方針が同じわけじゃないし。
素敵なお産を作るための環境選びなのですから、
その選ぶ判断力を得るためにも、まずこの本はお勧めです。

妊娠してすぐにすべきことはこの本を読むことです。
『分娩台よ、さようなら』〜あたりまえに生んで、あたりまえに育てたい〜
大野明子 著
不要な医療介入の多いお産に疑問を唱え、
本物の自然分娩の素晴らしさを医学的に、精神的に教えてくれる
まさに"お産の啓蒙書"です。
この本に出会わなかったら、私のお産に対する意識は低いままに、
「みんなが経験してるんだから、なんとかなるさ」
くらいの気持ちだったと思います。
赤ちゃんを産むことを軽々しく考えてたつもりもないけれど、
「いのちを生むこと」に対する姿勢を
ピシッと正された感じの衝撃でした、
出産までに3回は読み返したかな。
発達した医療の恩恵と、
人間本来のお産の能力とのバランス、
そして、自分のお産がどうありたいかを考えさせられました。
と同時に、いろんなことがわかりました。
医学的、生物的なお産のしくみ、
妊娠期間中の過ごし方、すべきこと、
医療介入にどんなものがあるのか、
どんな産院を選んだらよいのか、などなど。
そして何より、こころが安らかになり自信がもてました。
私の場合、妊娠がわかってすぐに親しい人がこの本を薦めてくれました。
でも、まず産院選んで
あとでゆっくり「分娩台よ〜」を読もうと思ってましたが、失敗。
先にこの本を読むべきでした。
だって産院選びの基準は「分娩台よ〜」を読んでから
明確になるからです。
幸い、私は里帰り出産だったので、
実際に産む方の産院選はしっかりとした基準で選びました。
重要なんですよ、産院選びって。
どこも方針が同じわけじゃないし。
素敵なお産を作るための環境選びなのですから、
その選ぶ判断力を得るためにも、まずこの本はお勧めです。

分娩台よ、さようなら―あたりまえに産んで、あたりまえに育てたい
- 作者: 大野 明子
- 出版社/メーカー: メディカ出版
- 発売日: 1999/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
2008年07月08日
産院選び
私の場合、里帰り出産だったので、産院は2ヶ所お世話になりました。
妊娠してすぐ、自宅から通う方は決めたのですが、
「分娩台よ〜」の本を読む前だったのでいい加減に決めてしまいました。
当時、会社で働いていたのでこれといった近所づきあいもなく、
仕事以外での友人は皆無、情報がないままに
インターネットの口コミ情報で
良くも悪くも、とにかくたくさん書かれているところを選びました。
"みんなが行ってるところ"という安心感を求めてのことです。
そして、里帰りするんだから食事は全然関係ないのに、
「ご飯が豪勢!」という文字に惹かれてしまったのも
選んだ理由の一つでした。
・・・まったくダメですね。
まあこんな風に選んだので、
諸手をあげて満足できるところではなかったけど、
ここで産むわけじゃないし、
産院とり替えるのもお金がまたかかるし
よしとしよう…という感じでした。
一方、里帰り出産する方の産院選びは真剣そのものでした。
「分娩台よ〜」を読み終えて、
「是非とも大野先生のところで産みたい」と、本気で思いました。
実家からちょっと距離があるので(電車で1時間)、
無理かなと思ったけど、ひとりで悩んでいても仕方ないので
相談も兼ねてさっそく産院に電話することに。
すると、「予定日の8月は、もう予約いっぱいで・・・」とのこと。
「え〜〜!!!まだいま12月なのに〜!!」
ものすごくガックリきました。
「予約いっぱいだ」と聞いたとたんに、
「もうここしかない!」と思い込んでいた自分を認識しました。
「ここで産みたかった・・・!」
でも仕方がない、ご縁がなかったのだ。
ひとつひとつのお産を大事にしてる産院だからこそ
大勢は受け入れられないのだろう、人気なんだなぁ・・・と。
それから悩ましい日々が続きました。
01.分娩台を使わない
02.吸引・鉗子分娩をしない
03.会陰切開をしない
04.陣痛促進剤を使わない
05.母子同室
06.授乳を時間で決めない
07.剃毛しない
08.浣腸しない
09.連続モニタリングしない
これらすべての希望を満たす産院・病院は当時なかなか無かったのです。
この条件、とても重要なのです。
本で学んだことですが、ここでもういちど、なぜなのか。
01.分娩台を使わない → 分娩台は不潔、オシモが裂けるもと、体勢がつらい。
02.吸引・鉗子分娩をしない → 赤ちゃんがかわいそう。
03.会陰切開をしない → 多くは慣例としてやっている、時間が10分程度短縮されるのみ。
04.陣痛促進剤を使わない → 分娩日時の人為操作で使用される場合がある、事故の危険も。
05.母子同室 → 一緒にいたいと思うのは自然なこと。
06.授乳を時間で決めない → 飲みたいときにあげればいいのに。
時間でキチキチあげるのは新米ママノイローゼのもと。
07.剃毛しない → お産と直接関係なし、医療側の処置の都合。会陰切開しなければ必要なし。
08.浣腸しない → かえってゆるい便が分娩中に出ることもあり不潔。必要なし。
09.連続モニタリングしない → 動けなくてつらいんだそうです。
しかし、一生懸命探したところで、
通えないところにあるのでは意味がない。
通える範囲の病院・産院を
こつこつと調べては、「無い〜!無いよぅ〜〜!!」
とため息をついていたら、ある日。
あったあったーーーっ!
一つ、素敵な産院のHPを発見!
『渋川産婦人科医院』、コンセプトが「分娩台よ〜」に似ている!
しかも、実家から車で10分!!
上の条件満たしてくれそう〜!
また「いっぱいです」、と言われる前にさっそく電話。
そちらで産みたいという意思を伝えて、
一度、里帰り前に検診に行くという約束をしました。
今回は電話対応の印象から大変良くて、
電話を切ったとたんに
安堵感と嬉しさがこみ上げてきたのでした。
その後、初めて訪問したときもとても好印象で、
「ここなら間違いなく希望するお産ができる、大丈夫」
と、確信したのでした。
本当に良かった!
妊娠してすぐ、自宅から通う方は決めたのですが、
「分娩台よ〜」の本を読む前だったのでいい加減に決めてしまいました。
当時、会社で働いていたのでこれといった近所づきあいもなく、
仕事以外での友人は皆無、情報がないままに
インターネットの口コミ情報で
良くも悪くも、とにかくたくさん書かれているところを選びました。
"みんなが行ってるところ"という安心感を求めてのことです。
そして、里帰りするんだから食事は全然関係ないのに、
「ご飯が豪勢!」という文字に惹かれてしまったのも
選んだ理由の一つでした。
・・・まったくダメですね。
まあこんな風に選んだので、
諸手をあげて満足できるところではなかったけど、
ここで産むわけじゃないし、
産院とり替えるのもお金がまたかかるし
よしとしよう…という感じでした。
一方、里帰り出産する方の産院選びは真剣そのものでした。
「分娩台よ〜」を読み終えて、
「是非とも大野先生のところで産みたい」と、本気で思いました。
実家からちょっと距離があるので(電車で1時間)、
無理かなと思ったけど、ひとりで悩んでいても仕方ないので
相談も兼ねてさっそく産院に電話することに。
すると、「予定日の8月は、もう予約いっぱいで・・・」とのこと。
「え〜〜!!!まだいま12月なのに〜!!」
ものすごくガックリきました。
「予約いっぱいだ」と聞いたとたんに、
「もうここしかない!」と思い込んでいた自分を認識しました。
「ここで産みたかった・・・!」
でも仕方がない、ご縁がなかったのだ。
ひとつひとつのお産を大事にしてる産院だからこそ
大勢は受け入れられないのだろう、人気なんだなぁ・・・と。
それから悩ましい日々が続きました。
01.分娩台を使わない
02.吸引・鉗子分娩をしない
03.会陰切開をしない
04.陣痛促進剤を使わない
05.母子同室
06.授乳を時間で決めない
07.剃毛しない
08.浣腸しない
09.連続モニタリングしない
これらすべての希望を満たす産院・病院は当時なかなか無かったのです。
この条件、とても重要なのです。
本で学んだことですが、ここでもういちど、なぜなのか。
01.分娩台を使わない → 分娩台は不潔、オシモが裂けるもと、体勢がつらい。
02.吸引・鉗子分娩をしない → 赤ちゃんがかわいそう。
03.会陰切開をしない → 多くは慣例としてやっている、時間が10分程度短縮されるのみ。
04.陣痛促進剤を使わない → 分娩日時の人為操作で使用される場合がある、事故の危険も。
05.母子同室 → 一緒にいたいと思うのは自然なこと。
06.授乳を時間で決めない → 飲みたいときにあげればいいのに。
時間でキチキチあげるのは新米ママノイローゼのもと。
07.剃毛しない → お産と直接関係なし、医療側の処置の都合。会陰切開しなければ必要なし。
08.浣腸しない → かえってゆるい便が分娩中に出ることもあり不潔。必要なし。
09.連続モニタリングしない → 動けなくてつらいんだそうです。
しかし、一生懸命探したところで、
通えないところにあるのでは意味がない。
通える範囲の病院・産院を
こつこつと調べては、「無い〜!無いよぅ〜〜!!」
とため息をついていたら、ある日。
あったあったーーーっ!
一つ、素敵な産院のHPを発見!
『渋川産婦人科医院』、コンセプトが「分娩台よ〜」に似ている!
しかも、実家から車で10分!!
上の条件満たしてくれそう〜!
また「いっぱいです」、と言われる前にさっそく電話。
そちらで産みたいという意思を伝えて、
一度、里帰り前に検診に行くという約束をしました。
今回は電話対応の印象から大変良くて、
電話を切ったとたんに
安堵感と嬉しさがこみ上げてきたのでした。
その後、初めて訪問したときもとても好印象で、
「ここなら間違いなく希望するお産ができる、大丈夫」
と、確信したのでした。
本当に良かった!
2008年07月07日
散歩をしよう
産院が決まったら、次はせっせと散歩をしましょう。
ということで、ほとんど毎日、私は頑張って歩きました。
一日3時間、なるべく速足で。
妊娠3ヶ月くらいの頃から始めて、まさに分娩日前日まで、
こつこつと歩きました。
でも妊娠5ヶ月までは会社で働いていたので、
それまでは土日のみでしたが。
そもそもこの3時間散歩の時間を確保したいために、
さっさと退職したのでした。
なぜ散歩がいいのか。
これも「分娩台よ〜」の本に詳しく書いてありますが、
主には
“運動量が確保できる”
“歩くことで子宮口が柔らかくなる”
“気分転換になる”
など。
思い返せば本当に良く頑張りました。
散歩だから、ひょいと外に出れば良いのだし、
水泳とかと違って着替えは要らないし、お金も要らない。
簡単といえば簡単。
だけど、"3時間"という時間を毎日散歩に費やすのは結構大変でした。
妊娠中は食事も気をつけたいので、
3食しっかりと自分で作ったし、要領の悪い私にとって、
1日が台所仕事と散歩で終わっちゃうような感じでした。
それでも、「散歩がいいのだ!」という強い信念を持って続けました。
幸い、つわりはとても軽く、吐き気はなかったのですが、
ただひたすら眠気がやってくるようなつわりで、
昼寝したい誘惑にかられるし、
"毎日"となると、強い気持ちがないと続きません。
まあ、たまに休んだときもありましたけど。
お出かけしたときや、あまりにも天気の悪いときとか。
そのへん、あまり凝り固まる必要はなかったなぁと思います。
1時間の日とかもありました。
でもね、目標は3時間!
最初の頃は、安全で歩きやすくて、気持ちのいいルートを探すのに
いろいろ歩き回りました。
信号多いのもイヤだし、歩道のない道路は危ない。
特に危ないのが自転車。
あと、ローラースニーカー履いてる子供。
常におなかをかばう気持ちを忘れてはなりません。
体調として一番動きやすかったのは、5ヶ月〜7ヶ月頃でした。
この頃はそんなにおなかも大きくないですし、快調でした。
赤ちゃんの名前を考えたり、誕生の時を想像したり、
いろいろ楽しい未来を考えながら歩いてました。
8ヶ月以降になると、さすがに軽快さがなくなって、
一歩一歩がどよ〜ん、どよ〜んといった感じになりました。
それでも歩き続けて、9ヶ月目。
慣れ親しんだ散歩ルートともしばしお別れ。
いよいよ実家に帰るときがきました。
散歩で困ったのがこの里帰り後。
実家の両親ともに「おなかの大きい人が3時間も外を歩き回るなんて!」
という考えだったので、
説き伏せて散歩を続けるのが一苦労でした。
ほかにも、異様な食欲と闘ってる私に、
「妊婦なんだからたくさん食べなさい」とすすめたり。
ここで負けては今までの頑張りも水の泡!と、
「太りすぎちゃダメなのだよ」ということを主張して
親と喧嘩しながらも歩き続けました。
このこだわりの毎日の散歩の結果、
妊娠期間中はちょっと貧血気味になった程度で
これといったトラブルもなく、体重コントロールもバッチリ。
予定日間近には
「これだけ体が絞れてれば、あなたはきっとお産軽いでしょう」
と先生にお墨付きを頂戴しました。
この言葉だけでも努力が報われた思いで嬉しかったです!
そして実際のお産は、、、 後ほどお話しします。
納得のいく産院選びができて、分娩当日の環境の心配がなくなったら
あとは自分の努力の番です。
ひたすら歩きましょう。
荷物は少なく。
ケータイと、いざという時のタクシー代があればいいかも。
安全のために両手が空くようにして、かわいいリュックなんかがいいかも。
さあ、散歩へ出よう!
ただし、健康な妊婦さんに限りますよ!
ということで、ほとんど毎日、私は頑張って歩きました。
一日3時間、なるべく速足で。
妊娠3ヶ月くらいの頃から始めて、まさに分娩日前日まで、
こつこつと歩きました。
でも妊娠5ヶ月までは会社で働いていたので、
それまでは土日のみでしたが。
そもそもこの3時間散歩の時間を確保したいために、
さっさと退職したのでした。
なぜ散歩がいいのか。
これも「分娩台よ〜」の本に詳しく書いてありますが、
主には
“運動量が確保できる”
“歩くことで子宮口が柔らかくなる”
“気分転換になる”
など。
思い返せば本当に良く頑張りました。
散歩だから、ひょいと外に出れば良いのだし、
水泳とかと違って着替えは要らないし、お金も要らない。
簡単といえば簡単。
だけど、"3時間"という時間を毎日散歩に費やすのは結構大変でした。
妊娠中は食事も気をつけたいので、
3食しっかりと自分で作ったし、要領の悪い私にとって、
1日が台所仕事と散歩で終わっちゃうような感じでした。
それでも、「散歩がいいのだ!」という強い信念を持って続けました。
幸い、つわりはとても軽く、吐き気はなかったのですが、
ただひたすら眠気がやってくるようなつわりで、
昼寝したい誘惑にかられるし、
"毎日"となると、強い気持ちがないと続きません。
まあ、たまに休んだときもありましたけど。
お出かけしたときや、あまりにも天気の悪いときとか。
そのへん、あまり凝り固まる必要はなかったなぁと思います。
1時間の日とかもありました。
でもね、目標は3時間!
最初の頃は、安全で歩きやすくて、気持ちのいいルートを探すのに
いろいろ歩き回りました。
信号多いのもイヤだし、歩道のない道路は危ない。
特に危ないのが自転車。
あと、ローラースニーカー履いてる子供。
常におなかをかばう気持ちを忘れてはなりません。
体調として一番動きやすかったのは、5ヶ月〜7ヶ月頃でした。
この頃はそんなにおなかも大きくないですし、快調でした。
赤ちゃんの名前を考えたり、誕生の時を想像したり、
いろいろ楽しい未来を考えながら歩いてました。
8ヶ月以降になると、さすがに軽快さがなくなって、
一歩一歩がどよ〜ん、どよ〜んといった感じになりました。
それでも歩き続けて、9ヶ月目。
慣れ親しんだ散歩ルートともしばしお別れ。
いよいよ実家に帰るときがきました。
散歩で困ったのがこの里帰り後。
実家の両親ともに「おなかの大きい人が3時間も外を歩き回るなんて!」
という考えだったので、
説き伏せて散歩を続けるのが一苦労でした。
ほかにも、異様な食欲と闘ってる私に、
「妊婦なんだからたくさん食べなさい」とすすめたり。
ここで負けては今までの頑張りも水の泡!と、
「太りすぎちゃダメなのだよ」ということを主張して
親と喧嘩しながらも歩き続けました。
このこだわりの毎日の散歩の結果、
妊娠期間中はちょっと貧血気味になった程度で
これといったトラブルもなく、体重コントロールもバッチリ。
予定日間近には
「これだけ体が絞れてれば、あなたはきっとお産軽いでしょう」
と先生にお墨付きを頂戴しました。
この言葉だけでも努力が報われた思いで嬉しかったです!
そして実際のお産は、、、 後ほどお話しします。
納得のいく産院選びができて、分娩当日の環境の心配がなくなったら
あとは自分の努力の番です。
ひたすら歩きましょう。
荷物は少なく。
ケータイと、いざという時のタクシー代があればいいかも。
安全のために両手が空くようにして、かわいいリュックなんかがいいかも。
さあ、散歩へ出よう!
ただし、健康な妊婦さんに限りますよ!
2008年07月06日
検診
あなたの選んだ産院または病院は、いい雰囲気ですか?
事務的ではありませんか?
いいお産をしているところは自然と雰囲気もいいのです。
妊娠期間は検診がとても楽しみなものでした。
特に胎動を感じる前は、赤ちゃんが元気かどうか自分ではわからないので、
検診日が待ち遠しくてしかたありませんでした。
ところが、里帰り前の産院は
楽しみにしてたわりにはいつもあっけなく、いつも欲求不満な感じ。
予約していても朝から激混みでずーーーっと待たされるし。
やっと来た診察が、心音だけ聞いて
「ハイ、元気ですねー」と言われておしまいだと、
“元気で何より”ではありますが
「そんだけか〜」という気分になります。
あとはお決まりの体重やら子宮底の測定。
ものの5分もかかりません。
そりゃぁ、「元気です」と言われたらそれで十分嬉しいけど、
何かものたりない・・・
そう、医者やスタッフと会話がなかったのです。
ほんとにあっさりちゃんの味気なーい検診。
まぁ、最後の検診では「頑張ってくださいね」と言ってもらって
ちょっと嬉しかったですが。
通ってるときは「まぁ、こんなもんかもしれない」とも思いましたが、
産院の雰囲気は、その産院が目指すお産の姿勢がそのまま出るものだと思います。
産院によってはモニターを一緒に見て
なんやかんやと説明してくれたり、
毎回写真撮ってくれるところがあります。
当然、毎回写真を撮るか撮らないかなど、
検診の内容で費用も違ってくるでしょうし、
写真を楽しみにするしないも人それぞれですが、
里帰りする人で、検診のみの産院だったら
こんなところを選ぶポイントにしてもいいかもしれません。
さて、私の里帰り出産の方の、渋川産婦人科医院の検診は
とても楽しいものでした。
やはり良い産院は雰囲気も違います。
検診のときに、丁度退院する母子に遭遇することがあります。
その様子を見てるだけでもだいぶ違います。
スタッフが忙しいながらも声をかけ、見送って名残惜しそうにしてるのを見ると、
どんな入院生活してたのかなぁと想像し、ほのぼのしてきます。
先生もてきぱき診察しながらも毎回会話がはずみ
帰るのが名残り惜しい感じでした。
モニターもよく見せてもらえたし、
写真もたくさん撮ってもらったし、
流れ作業っぽいところが全くなかったです。
不思議とスタッフの全員の顔が自然にすぐに覚えられました。
「この赤ちゃん頭デカイぞ!予定日を早めよう!」
と、最初の産院での予定日を一週間早めて
見事にピタリと当てたというエピソードもありました。
測定しながら助産師さんがおなかに向かって話しかけてくれたり、
終始和やかな検診でした。
ただ、話しによると体重管理は厳しいようです。
というか、自然分娩を第一として安産を目指すとなれば
不要に太ったらダメなのはあたりまえです。
幸い、私は散歩の効果もあり、
「あなたには体重のことは何も言いませんから。」
と言われました。
体重管理が厳しい産院はほかも多いようですが、
逆に、管理できていれば何も言われません。
とやかく言われる前に、自分の体重くらい自分で管理してしましょう。
参考:私の体重増加の過程です。なんとか8kg以内に収まりました。
妊娠週数 増加分[kg]
10 ---
20 +1.4
24 +2.2
27 +2.8
29 +3.0
31 +3.6
33 +3.8
35 +4.4
36 +4.8
37 +5.7
38 +6.2
39 +7.2
事務的ではありませんか?
いいお産をしているところは自然と雰囲気もいいのです。
妊娠期間は検診がとても楽しみなものでした。
特に胎動を感じる前は、赤ちゃんが元気かどうか自分ではわからないので、
検診日が待ち遠しくてしかたありませんでした。
ところが、里帰り前の産院は
楽しみにしてたわりにはいつもあっけなく、いつも欲求不満な感じ。
予約していても朝から激混みでずーーーっと待たされるし。
やっと来た診察が、心音だけ聞いて
「ハイ、元気ですねー」と言われておしまいだと、
“元気で何より”ではありますが
「そんだけか〜」という気分になります。
あとはお決まりの体重やら子宮底の測定。
ものの5分もかかりません。
そりゃぁ、「元気です」と言われたらそれで十分嬉しいけど、
何かものたりない・・・
そう、医者やスタッフと会話がなかったのです。
ほんとにあっさりちゃんの味気なーい検診。
まぁ、最後の検診では「頑張ってくださいね」と言ってもらって
ちょっと嬉しかったですが。
通ってるときは「まぁ、こんなもんかもしれない」とも思いましたが、
産院の雰囲気は、その産院が目指すお産の姿勢がそのまま出るものだと思います。
産院によってはモニターを一緒に見て
なんやかんやと説明してくれたり、
毎回写真撮ってくれるところがあります。
当然、毎回写真を撮るか撮らないかなど、
検診の内容で費用も違ってくるでしょうし、
写真を楽しみにするしないも人それぞれですが、
里帰りする人で、検診のみの産院だったら
こんなところを選ぶポイントにしてもいいかもしれません。
さて、私の里帰り出産の方の、渋川産婦人科医院の検診は
とても楽しいものでした。
やはり良い産院は雰囲気も違います。
検診のときに、丁度退院する母子に遭遇することがあります。
その様子を見てるだけでもだいぶ違います。
スタッフが忙しいながらも声をかけ、見送って名残惜しそうにしてるのを見ると、
どんな入院生活してたのかなぁと想像し、ほのぼのしてきます。
先生もてきぱき診察しながらも毎回会話がはずみ
帰るのが名残り惜しい感じでした。
モニターもよく見せてもらえたし、
写真もたくさん撮ってもらったし、
流れ作業っぽいところが全くなかったです。
不思議とスタッフの全員の顔が自然にすぐに覚えられました。
「この赤ちゃん頭デカイぞ!予定日を早めよう!」
と、最初の産院での予定日を一週間早めて
見事にピタリと当てたというエピソードもありました。
測定しながら助産師さんがおなかに向かって話しかけてくれたり、
終始和やかな検診でした。
ただ、話しによると体重管理は厳しいようです。
というか、自然分娩を第一として安産を目指すとなれば
不要に太ったらダメなのはあたりまえです。
幸い、私は散歩の効果もあり、
「あなたには体重のことは何も言いませんから。」
と言われました。
体重管理が厳しい産院はほかも多いようですが、
逆に、管理できていれば何も言われません。
とやかく言われる前に、自分の体重くらい自分で管理してしましょう。
参考:私の体重増加の過程です。なんとか8kg以内に収まりました。
妊娠週数 増加分[kg]
10 ---
20 +1.4
24 +2.2
27 +2.8
29 +3.0
31 +3.6
33 +3.8
35 +4.4
36 +4.8
37 +5.7
38 +6.2
39 +7.2
2008年07月05日
前日
2003年は冷夏だったとはいえ、
大きいおなかで外を歩くのはやっぱり暑かった!
それでも毎日散歩は続け、家ではストレッチ。
あとは食欲と眠気との闘いの臨月でした。
予定日が近づくにつれて、口にする言葉は
「いつかなー」「いつかなー」とそればっかり。
そしてついに、予定日の前日、朝おきたら
生理の始めのようにチョロとしみた"おしるし"が来ていた。
「間違いない、これがおしるしだわ!」
「今日なのか?!」と思ってさっそく病院へ。
しかし、「いいおしるしですね」と言われたものの、
陣痛がないので帰宅しました。
それにしても、おしるしに良い悪いがあるなんて…?!
そして陣痛をつけるために、夕方に散歩へ。
いつもと違ってそわそわした気分。
渋川産婦人科は本当に心のある産院だ。
「おしるし来た〜」と言って産院行って、
その後促進剤とか使って陣痛起こしたりすところもあるのに、
こうして自然に陣痛来るの待っててくれてる。
分娩が重なったりしないように薬で時間をコントロールしたり、
盆暮れのスケジュール調整のために
急がせたり引き伸ばしたり、そんなところだってあるのに。
つくづく、信頼できる産院が近くにあった幸運に感謝。
あとは安心して頑張るのみだわ。
夕焼け空に向かって歩きながら、
“さあ、出ておいで!、ポーちゃん!!”
(↑胎児ちゃんのニックネームね)
・・・こんな気持ちで最後かもしれない散歩を終え、
この日は「あぁ、今日ではなかったな〜」
と思いつつ眠りに落ちていきました。
大きいおなかで外を歩くのはやっぱり暑かった!
それでも毎日散歩は続け、家ではストレッチ。
あとは食欲と眠気との闘いの臨月でした。
予定日が近づくにつれて、口にする言葉は
「いつかなー」「いつかなー」とそればっかり。
そしてついに、予定日の前日、朝おきたら
生理の始めのようにチョロとしみた"おしるし"が来ていた。
「間違いない、これがおしるしだわ!」
「今日なのか?!」と思ってさっそく病院へ。
しかし、「いいおしるしですね」と言われたものの、
陣痛がないので帰宅しました。
それにしても、おしるしに良い悪いがあるなんて…?!
そして陣痛をつけるために、夕方に散歩へ。
いつもと違ってそわそわした気分。
渋川産婦人科は本当に心のある産院だ。
「おしるし来た〜」と言って産院行って、
その後促進剤とか使って陣痛起こしたりすところもあるのに、
こうして自然に陣痛来るの待っててくれてる。
分娩が重なったりしないように薬で時間をコントロールしたり、
盆暮れのスケジュール調整のために
急がせたり引き伸ばしたり、そんなところだってあるのに。
つくづく、信頼できる産院が近くにあった幸運に感謝。
あとは安心して頑張るのみだわ。
夕焼け空に向かって歩きながら、
“さあ、出ておいで!、ポーちゃん!!”
(↑胎児ちゃんのニックネームね)
・・・こんな気持ちで最後かもしれない散歩を終え、
この日は「あぁ、今日ではなかったな〜」
と思いつつ眠りに落ちていきました。
2008年07月04日
分娩
そして午前3時。
生理痛と同じような腰の痛みの、でももう少し軽いものを感じて
目が覚めた。
おしりの割れ目に生理の時みたいに温かいしずくがつたって、
おぉ?と思い、次の痛みまでの時間を計る。
10分間隔くらい。
午前4時。
陣痛を確信してダンナに電話。
ダンナは始発で新幹線に乗ったらしい。
午前5時。
間隔は変わらないけど痛みが増してきた。
再び眠れることはもうなさそうだ。
7時になり、朝ごはんを食べる。
間隔は10分を切る。
病院は5分を切ったら行くことになっている。
それなのに母は気が気でなくて心配顔して
「早く行けば?」と言う。
こんな時に押し問答なんかしたりして、なんか気分が悪い。
そうこうするうちに9時過ぎには間隔が5分を切る。
仕事を休んでくれた父の車で病院へ向かう。
すぐに分娩監視装置で陣痛の間隔と
赤ちゃんの心拍をチェック。
と、途中でダンナが病院到着。10時頃だったか。
モニターの結果、助産師さんに
「これじゃまだまだ時間がかかるわよ」と言われる。
こんなに陣痛ちゃんと来てるのにいぃ〜!まだまだだなんて・・・
婦長さんが来て、陣痛逃しに腰を押してくれる。
これがとても気持ちいい!
ダンナも逃し方を教わるが、ヘタクソもいいところ。
力が足りない。
尾てい骨を押してもらうと痛みが和らぐ。
尾てい骨を押しながら、婦長さんが言った。
「このままだと半日かかるわよ、一度家に戻って
お昼食べたりお風呂入ったりしてきたら?
たとえすぐ病院もどることになっても、
家に行けばそれで気分転換になるし。
でも、このままここに居てもいいし、それは自由よ。」と。
もちろん気分は、もうこのまま動かないでベッドに居たい。
この陣痛の痛み…動きたくない。
でも、わざわざ"帰る"という選択肢を示すということは、
その方がいいからに違いない。
いろいろ考えて、一度帰ることにした。
ちょうどお昼の時間だし、母がそうめんをゆでてくれた。
食べた方がいいとはわかっていても
もう食欲もない。
陣痛は5分間隔が続いている。
合間合間にそうめんをチビチビと食べる。
陣痛が来るたびに、隣の部屋になだれ込み、
ダンナに尾てい骨を押してもらう。
ちっとも効かない。
真面目にやってんのか!と思うほど押し方に
本腰が入ってなくてイライラする。
そのうち、ダンナは5分間隔のその"5分"にイビキかいて寝はじめた。
始発で着たからか。
陣痛が来ると、「来た〜っ!!!」と叫んで起こすけど
やっぱりその態度にちょっとイライラ。
ダンナは頼りにならん!と悟った私は、
もう自分で腰を押しながら2〜3回陣痛を逃した。
母にも何度か押してもらった。母は馬力があって効く〜!
陣痛の痛みを、痛みで押し返すのだから、
かなりギューーーーーーッと押さなきゃ効かないのだ。
そのうち、トイレに行きたくなった。
トイレに座ってるときにも陣痛が来た。
この体勢…なんだか下にググッと進んだ感じ。
今までと調子が変わったのを感じた。
トイレから戻り、部屋の柱につかまって、立ったまま陣痛を逃す。
やっぱりさっきと調子が変わった!
気がつけば間隔も5分切ってる!
病院へ戻ろう!!!
間隔が短くなってる。
玄関で1回、家の前で1回、顔をゆがめて陣痛を逃す。
家の脇に止めてある車に乗ろうとするが、
車のドアを開けて待ってる父の所までなんと遠く感じたことか。
痛みもだんだんキツくなる。
痛みの種類としては生理痛の激しいものみたい。
車の中では目を閉じて耐える。
ブレーキが気持ち悪い。
夏の日差しをまぶたで感じながら、病院へ着いた。
午後2時。
病院の玄関でも陣痛を1回逃す。
すぐに内診してもらうことに。
顔をゆがませて、もうろうとする中、
助産師さんが服も下着も脱がせてくれて、
お産着を着せてくれた。
「おお!頑張った!8cmだ、こりゃもうすぐ産まれるよ。
6時までには産まれますね。」と先生。
まだまだと思い込んでいたので、
「そうかー!」と嬉しく思う。
そして隣の分娩室へ移動した。
分娩室と言ってもベッドやソファがあるふつうの部屋。
この産院は陣痛室も分娩室も区別ない。
当然分娩台なんか使わない。
さっきまでお産があったとのことで、助産婦さんたちがベッドを整えていた。
その間、壁に両手をついて、腰をゆっくり左右に揺するように言われる。
ベッドに横になり、ちょっとほっとするが、陣痛はますます激しくなる。
メインで婦長さんがついてくれた。
ほかの助産師さんと看護師さんもついてくれて、
4人がかりで皆が足をさすってくれたりしている。
でももうだんだんと周りがどうでもよくなってきた。
痛みがきつい。
無意識のうち、手は母とダンナと片方ずつ握ってもらっていた。
(産院は誰でも立ち会えるのだ、ダンナでも母でも兄弟姉妹でも上の子でもいいのだ)
陣痛がくるたびにグッとすごい力で握りしめる。
同じくらいに握り返してくるのは母の方だろうか?
体勢は側臥位。
「本番になったら四つんばいで産むんだ」
と心してきたけれど、
最初にベッドに横になった体勢からもう向き直ることができなかった。
しばらくすると、「バシャ」と温かい水が流れる。
これが破水!
「破水したぁ〜」と言うと、すかさず時間を読み上げる声がする。
お漏らしみたいでちょっと気持ちいい。
ダンナに、私の足を持ち上げるように指示が出た。
ダンナは側臥位で横たわる私の両足を持ち上げようとして、
「片方よっ!」と助産師さんに笑われているのが聞こえる。
ダンナははりきってジャージをはいて家を出てきたが、
そのジャージがポロシャツの上になってるハラが目の前でちらつく。
なんともダサッ・・・と思う。
そのうちにお風呂で使う椅子がどこからかベッドの上に用意されて、
そこに片足乗せるように言われた。
ふんふん、この方がいいわ。
婦長さんが、
「おかあさん、上手よぉ〜」、「息を吐いて〜〜」、
と声をかけてくれるのがとても励みになる。
すでに「おかあさん」なんだわ、と思う。
陣痛が来たときに、合わせて
「ふーーーーっ」っとできるだけ長く息を吐けばいいとのこと。
それだけ。
一生懸命息を吐いた。
「ふーーーーーーっ」っと声に出しながら。
「頭が見えてきた!」と婦長さん、
母が「あらぁ〜〜♪」と感激しているのが意識の遠いところでわかる。
大きめの鏡が用意されて、「見てごらん!」と映してもらう。
おぉ、なんか見えるぞ!まあるい黒いのが!
しかも「触ってごらん」と言われる。
でも、情けないことにはじめは陣痛に耐えるのがやっとで
「余裕が無いぃ〜」と言って触ろうとしなかった。
「しっかりして!触ってあげて!」といわれて触ってみる。
「お、髪の毛ふさふさ生えてる!」
濡れた髪がしっとりと手に感じる。ひゃぁ〜♪
そしてついには、鏡じゃなくて自分で直接のぞいて見なさい、と言われる。
その背中を丸めた姿勢がお産にいいらしい。
「目をつぶらない、しっかり見て!!」
どうしても陣痛で顔をゆがめて目をつぶってしまう。
その度に励まされる。
でももともと体が硬いので、のぞいても良く見えない、トホホ。
頭が見えてきてからこんなやりとりをしてる間に、
陣痛の痛みの感じが違う種類になった。
これが発露?!
はっきりいってこっちの方が楽!
相変わらず鏡を見ていたら、「ふーーーーーっ」っとやる時に、
赤ちゃんの頭がそれに合わせて「ヌーーーーっ」と、
見えてる円の形が大きく広がって、出てこようとしてるのがわかる。
この陣痛も無駄に痛いわけじゃないのだ!!
赤ちゃんも頑張ってるのだ!
そして、私の「ふーーーーっ」に合わせて、
婦長さんの指が細かく忙しく動いて、
オシモが切れないように丁寧に丁寧に薄くのばしているのも見えた。
助産師さんの「もう4回目の発露ですよ」と、
様子を見に来た先生に告げる声がする。
どういう意味なんかなぁ、と遠くで思いながら「ふーーーーーっ!」
と、その時、
ついに頭が出たあ〜!!!!!
そして同時にオシモが熱い感じがする。
次の瞬間、痛みがやわらいでちょっぴりほっとして、
肩を片方ずつ婦長さんが出しているのが見える。
後は一気にズルズルッとした感じがして
「生まれたぁ!!」
「わぁ〜〜!!!」
「3時31分!」
といういろんな声。
その中でしっかりと聞こえた。
「おぎゃーっ、おぎゃーっ、おぎゃーっ」
産声に耳を奪われた瞬間、
自分がまだ「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」と
うるさく言いながら呼吸してたことに気づく。
自分の声がうるさい。
自分の太もものあたりには、灰色の肌をした、
背中には白い体脂がびっちりとついた赤ちゃんが
緑のシートの上にころがっていた。
婦長さんが赤ちゃんを胸のところに持ってきてくれた。
果たしてどっちだ?!
とそのとき、「おぼっちゃまですよ〜」という母の声が。
「そうか〜!やった!男の子だ!!!」と嬉しくなって、
でも母に先に言われて、ちょっと「ちっ!」と思う。
ああああぁぁぁ〜〜〜、終わったぁ〜〜〜
赤ちゃんが、繋がったままの赤ちゃんが、胸の上にやってきた。
さっそくおっぱいをちゅぴちゅぴやってる!!
どこをどう持ったのか覚えてないけれど、頭に手をあてて
「頑張ったね」と声をかけた。
泣いてる。
お口の中がまっかっか。
髪がしっとり濡れてる。
しばらく抱っこした後、へその緒をダンナが切った。
赤ちゃんは身長体重など、ひととおりの測定のため私から離れて、
私は後処置をしてもらう。
そう、最後に「熱い感じ」がしたとき、少しだけオシモがぴりっと切れたのだ。
1ハリずつ、4箇所縫った。
ちく、ちく、ちく、ちく。
1回毎に、「あた」、「いっ」、「いて」とか言って、でもあっという間に終わった。
しかも、そんなに痛くない。
婦長さんが、「ごめんね、おでこが思ったより大きくて、
切れなくても済むかと思ってたんだけど・・・」と言っていた。
(確かに、頭囲は平均を超えていた。だから発露が4回だったのだ。)
体脂を拭いてもらった赤ちゃんは、そのあとはもうずーーっと一緒。
ここの産院は生まれた直後は沐浴はしない。
体温が下がるから。
ただ、髪の毛は濡れているから、かわいい帽子をかぶせられた。
帽子をかぶって、下着を着て、
ピンクのバスタオルにくるまった赤ちゃんを
ダンナも母も父もみんなでかわるがわる抱っこしていた。
生まれたあと2時間くらい、赤ちゃんは興奮して起きているものらしい。
この貴重な2時間、みんなで抱っこして触れ合うのが大事。
「生まれたよ」なんて遠方の人への電話なんか、後でいいのです。
午後6時。ご飯がベッドに運ばれてきた。
なんておいしそう!!
こんな幸せいっぱいの気持ちでご飯食べるなんて、初めて!!
格別にうまかった。
★☆★ 2003年7月28日 PM 3:31 お誕生おめでとう ★☆★
振り返って、
病院から一度実家に戻ったのは正解だった。
後で婦長さんにも褒められた、「あれは偉かったね」、と。
「病院行ったのに帰された!」といって怒る人がいるらしいが、
それは違うのだ。
せっかくやってくる陣痛をうまく使って
効率良くお産を進めようという目的なのだ。
そのためにはベッドの上で寝そべっているよりも、
つらいけど、動いた方がいいのです。
それと、ダンナの立会い。
少しでも期待したのが間違いだったとはいえ、
なんかイライラしてしまった。
ラブラブな夫婦で幸せな立会い出産も世の中には多数あると思うけど、
とりあえず、うちの場合は「分娩台よ〜」の本を
一緒に読んでくれなかった時点で、期待はできないと悟るべきでした。
本人ジャージまで着て、やる気はあったみたいだけど。
でも、ダンナが思うように動いてくれなかったとしても、
べつにね、仕方ないことよ。
お産は、とうてい男性には完全には理解し得ない、
神秘の体験だったのだから。
生理痛と同じような腰の痛みの、でももう少し軽いものを感じて
目が覚めた。
おしりの割れ目に生理の時みたいに温かいしずくがつたって、
おぉ?と思い、次の痛みまでの時間を計る。
10分間隔くらい。
午前4時。
陣痛を確信してダンナに電話。
ダンナは始発で新幹線に乗ったらしい。
午前5時。
間隔は変わらないけど痛みが増してきた。
再び眠れることはもうなさそうだ。
7時になり、朝ごはんを食べる。
間隔は10分を切る。
病院は5分を切ったら行くことになっている。
それなのに母は気が気でなくて心配顔して
「早く行けば?」と言う。
こんな時に押し問答なんかしたりして、なんか気分が悪い。
そうこうするうちに9時過ぎには間隔が5分を切る。
仕事を休んでくれた父の車で病院へ向かう。
すぐに分娩監視装置で陣痛の間隔と
赤ちゃんの心拍をチェック。
と、途中でダンナが病院到着。10時頃だったか。
モニターの結果、助産師さんに
「これじゃまだまだ時間がかかるわよ」と言われる。
こんなに陣痛ちゃんと来てるのにいぃ〜!まだまだだなんて・・・
婦長さんが来て、陣痛逃しに腰を押してくれる。
これがとても気持ちいい!
ダンナも逃し方を教わるが、ヘタクソもいいところ。
力が足りない。
尾てい骨を押してもらうと痛みが和らぐ。
尾てい骨を押しながら、婦長さんが言った。
「このままだと半日かかるわよ、一度家に戻って
お昼食べたりお風呂入ったりしてきたら?
たとえすぐ病院もどることになっても、
家に行けばそれで気分転換になるし。
でも、このままここに居てもいいし、それは自由よ。」と。
もちろん気分は、もうこのまま動かないでベッドに居たい。
この陣痛の痛み…動きたくない。
でも、わざわざ"帰る"という選択肢を示すということは、
その方がいいからに違いない。
いろいろ考えて、一度帰ることにした。
ちょうどお昼の時間だし、母がそうめんをゆでてくれた。
食べた方がいいとはわかっていても
もう食欲もない。
陣痛は5分間隔が続いている。
合間合間にそうめんをチビチビと食べる。
陣痛が来るたびに、隣の部屋になだれ込み、
ダンナに尾てい骨を押してもらう。
ちっとも効かない。
真面目にやってんのか!と思うほど押し方に
本腰が入ってなくてイライラする。
そのうち、ダンナは5分間隔のその"5分"にイビキかいて寝はじめた。
始発で着たからか。
陣痛が来ると、「来た〜っ!!!」と叫んで起こすけど
やっぱりその態度にちょっとイライラ。
ダンナは頼りにならん!と悟った私は、
もう自分で腰を押しながら2〜3回陣痛を逃した。
母にも何度か押してもらった。母は馬力があって効く〜!
陣痛の痛みを、痛みで押し返すのだから、
かなりギューーーーーーッと押さなきゃ効かないのだ。
そのうち、トイレに行きたくなった。
トイレに座ってるときにも陣痛が来た。
この体勢…なんだか下にググッと進んだ感じ。
今までと調子が変わったのを感じた。
トイレから戻り、部屋の柱につかまって、立ったまま陣痛を逃す。
やっぱりさっきと調子が変わった!
気がつけば間隔も5分切ってる!
病院へ戻ろう!!!
間隔が短くなってる。
玄関で1回、家の前で1回、顔をゆがめて陣痛を逃す。
家の脇に止めてある車に乗ろうとするが、
車のドアを開けて待ってる父の所までなんと遠く感じたことか。
痛みもだんだんキツくなる。
痛みの種類としては生理痛の激しいものみたい。
車の中では目を閉じて耐える。
ブレーキが気持ち悪い。
夏の日差しをまぶたで感じながら、病院へ着いた。
午後2時。
病院の玄関でも陣痛を1回逃す。
すぐに内診してもらうことに。
顔をゆがませて、もうろうとする中、
助産師さんが服も下着も脱がせてくれて、
お産着を着せてくれた。
「おお!頑張った!8cmだ、こりゃもうすぐ産まれるよ。
6時までには産まれますね。」と先生。
まだまだと思い込んでいたので、
「そうかー!」と嬉しく思う。
そして隣の分娩室へ移動した。
分娩室と言ってもベッドやソファがあるふつうの部屋。
この産院は陣痛室も分娩室も区別ない。
当然分娩台なんか使わない。
さっきまでお産があったとのことで、助産婦さんたちがベッドを整えていた。
その間、壁に両手をついて、腰をゆっくり左右に揺するように言われる。
ベッドに横になり、ちょっとほっとするが、陣痛はますます激しくなる。
メインで婦長さんがついてくれた。
ほかの助産師さんと看護師さんもついてくれて、
4人がかりで皆が足をさすってくれたりしている。
でももうだんだんと周りがどうでもよくなってきた。
痛みがきつい。
無意識のうち、手は母とダンナと片方ずつ握ってもらっていた。
(産院は誰でも立ち会えるのだ、ダンナでも母でも兄弟姉妹でも上の子でもいいのだ)
陣痛がくるたびにグッとすごい力で握りしめる。
同じくらいに握り返してくるのは母の方だろうか?
体勢は側臥位。
「本番になったら四つんばいで産むんだ」
と心してきたけれど、
最初にベッドに横になった体勢からもう向き直ることができなかった。
しばらくすると、「バシャ」と温かい水が流れる。
これが破水!
「破水したぁ〜」と言うと、すかさず時間を読み上げる声がする。
お漏らしみたいでちょっと気持ちいい。
ダンナに、私の足を持ち上げるように指示が出た。
ダンナは側臥位で横たわる私の両足を持ち上げようとして、
「片方よっ!」と助産師さんに笑われているのが聞こえる。
ダンナははりきってジャージをはいて家を出てきたが、
そのジャージがポロシャツの上になってるハラが目の前でちらつく。
なんともダサッ・・・と思う。
そのうちにお風呂で使う椅子がどこからかベッドの上に用意されて、
そこに片足乗せるように言われた。
ふんふん、この方がいいわ。
婦長さんが、
「おかあさん、上手よぉ〜」、「息を吐いて〜〜」、
と声をかけてくれるのがとても励みになる。
すでに「おかあさん」なんだわ、と思う。
陣痛が来たときに、合わせて
「ふーーーーっ」っとできるだけ長く息を吐けばいいとのこと。
それだけ。
一生懸命息を吐いた。
「ふーーーーーーっ」っと声に出しながら。
「頭が見えてきた!」と婦長さん、
母が「あらぁ〜〜♪」と感激しているのが意識の遠いところでわかる。
大きめの鏡が用意されて、「見てごらん!」と映してもらう。
おぉ、なんか見えるぞ!まあるい黒いのが!
しかも「触ってごらん」と言われる。
でも、情けないことにはじめは陣痛に耐えるのがやっとで
「余裕が無いぃ〜」と言って触ろうとしなかった。
「しっかりして!触ってあげて!」といわれて触ってみる。
「お、髪の毛ふさふさ生えてる!」
濡れた髪がしっとりと手に感じる。ひゃぁ〜♪
そしてついには、鏡じゃなくて自分で直接のぞいて見なさい、と言われる。
その背中を丸めた姿勢がお産にいいらしい。
「目をつぶらない、しっかり見て!!」
どうしても陣痛で顔をゆがめて目をつぶってしまう。
その度に励まされる。
でももともと体が硬いので、のぞいても良く見えない、トホホ。
頭が見えてきてからこんなやりとりをしてる間に、
陣痛の痛みの感じが違う種類になった。
これが発露?!
はっきりいってこっちの方が楽!
相変わらず鏡を見ていたら、「ふーーーーーっ」っとやる時に、
赤ちゃんの頭がそれに合わせて「ヌーーーーっ」と、
見えてる円の形が大きく広がって、出てこようとしてるのがわかる。
この陣痛も無駄に痛いわけじゃないのだ!!
赤ちゃんも頑張ってるのだ!
そして、私の「ふーーーーっ」に合わせて、
婦長さんの指が細かく忙しく動いて、
オシモが切れないように丁寧に丁寧に薄くのばしているのも見えた。
助産師さんの「もう4回目の発露ですよ」と、
様子を見に来た先生に告げる声がする。
どういう意味なんかなぁ、と遠くで思いながら「ふーーーーーっ!」
と、その時、
ついに頭が出たあ〜!!!!!
そして同時にオシモが熱い感じがする。
次の瞬間、痛みがやわらいでちょっぴりほっとして、
肩を片方ずつ婦長さんが出しているのが見える。
後は一気にズルズルッとした感じがして
「生まれたぁ!!」
「わぁ〜〜!!!」
「3時31分!」
といういろんな声。
その中でしっかりと聞こえた。
「おぎゃーっ、おぎゃーっ、おぎゃーっ」
産声に耳を奪われた瞬間、
自分がまだ「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」と
うるさく言いながら呼吸してたことに気づく。
自分の声がうるさい。
自分の太もものあたりには、灰色の肌をした、
背中には白い体脂がびっちりとついた赤ちゃんが
緑のシートの上にころがっていた。
婦長さんが赤ちゃんを胸のところに持ってきてくれた。
果たしてどっちだ?!
とそのとき、「おぼっちゃまですよ〜」という母の声が。
「そうか〜!やった!男の子だ!!!」と嬉しくなって、
でも母に先に言われて、ちょっと「ちっ!」と思う。
ああああぁぁぁ〜〜〜、終わったぁ〜〜〜
赤ちゃんが、繋がったままの赤ちゃんが、胸の上にやってきた。
さっそくおっぱいをちゅぴちゅぴやってる!!
どこをどう持ったのか覚えてないけれど、頭に手をあてて
「頑張ったね」と声をかけた。
泣いてる。
お口の中がまっかっか。
髪がしっとり濡れてる。
しばらく抱っこした後、へその緒をダンナが切った。
赤ちゃんは身長体重など、ひととおりの測定のため私から離れて、
私は後処置をしてもらう。
そう、最後に「熱い感じ」がしたとき、少しだけオシモがぴりっと切れたのだ。
1ハリずつ、4箇所縫った。
ちく、ちく、ちく、ちく。
1回毎に、「あた」、「いっ」、「いて」とか言って、でもあっという間に終わった。
しかも、そんなに痛くない。
婦長さんが、「ごめんね、おでこが思ったより大きくて、
切れなくても済むかと思ってたんだけど・・・」と言っていた。
(確かに、頭囲は平均を超えていた。だから発露が4回だったのだ。)
体脂を拭いてもらった赤ちゃんは、そのあとはもうずーーっと一緒。
ここの産院は生まれた直後は沐浴はしない。
体温が下がるから。
ただ、髪の毛は濡れているから、かわいい帽子をかぶせられた。
帽子をかぶって、下着を着て、
ピンクのバスタオルにくるまった赤ちゃんを
ダンナも母も父もみんなでかわるがわる抱っこしていた。
生まれたあと2時間くらい、赤ちゃんは興奮して起きているものらしい。
この貴重な2時間、みんなで抱っこして触れ合うのが大事。
「生まれたよ」なんて遠方の人への電話なんか、後でいいのです。
午後6時。ご飯がベッドに運ばれてきた。
なんておいしそう!!
こんな幸せいっぱいの気持ちでご飯食べるなんて、初めて!!
格別にうまかった。
★☆★ 2003年7月28日 PM 3:31 お誕生おめでとう ★☆★
振り返って、
病院から一度実家に戻ったのは正解だった。
後で婦長さんにも褒められた、「あれは偉かったね」、と。
「病院行ったのに帰された!」といって怒る人がいるらしいが、
それは違うのだ。
せっかくやってくる陣痛をうまく使って
効率良くお産を進めようという目的なのだ。
そのためにはベッドの上で寝そべっているよりも、
つらいけど、動いた方がいいのです。
それと、ダンナの立会い。
少しでも期待したのが間違いだったとはいえ、
なんかイライラしてしまった。
ラブラブな夫婦で幸せな立会い出産も世の中には多数あると思うけど、
とりあえず、うちの場合は「分娩台よ〜」の本を
一緒に読んでくれなかった時点で、期待はできないと悟るべきでした。
本人ジャージまで着て、やる気はあったみたいだけど。
でも、ダンナが思うように動いてくれなかったとしても、
べつにね、仕方ないことよ。
お産は、とうてい男性には完全には理解し得ない、
神秘の体験だったのだから。
2008年07月03日
産院にて
産院での入院生活は楽しいものでした。
分娩翌日の朝の気持ち良かったこと。
目をあけたら赤ちゃんが寝てる。
渋川産婦人科の良かったところ、もう一つ、母子同床。
赤ちゃんはピンクのバスタオルに包まれて、自分と同じベッドで
ずーっと添い寝ですごすのだ。
いつでも大接近して顔を眺めてられるのだ!
泣いたらオシメをかえてあげて、おっぱい。
昼も夜もひたすらオシメとおっぱいで過ごす。
合間合間に沐浴指導やミルク指導があったりして
思ったよりは入院生活は忙しい。
オシメで思い出した。
胎便て、時間が経つと全然とれなくなっちゃうから要注意。
持ち込んだおしりふきが安物でショボイと
本当に取れなくて苦労するし、しつこく拭かれる方もかわいそう。
GOONなんかはおすすめかもね、厚手だし。
オシリ拭きコットンを買って、
お湯で湿らせてパック容器に入れておくのが一番拭き易い。
でもちょっと面倒かな。
産院の方針で、おっぱいは自然に出るまで、
赤ちゃんには粉ミルクをあげたりはしなかった。
出ようが出てまいが、泣いたら赤ちゃんにおっぱい吸ってもらう。
赤ちゃんはそれで全然問題なし。
人間てうまくできてるもんだと、つくづく思った。
4日目で、ちゃんとでてきた。
出てくる前も出てきた後も、助産師さんに乳房マッサージしてもらったり、
とても手厚くケアをしてもらった。
乳房ケアは退院後も本当に丁寧にやってもらった。
これはありがたいもので、授乳も相談できたし心強かった。
リズムができあがるまでは何かと不安になるものだからね、授乳は。
食事については、もう体重気にせずモリモリ食べていいのが嬉しかった!
「ご飯は産院選びの要素ではない」
とは言ったものの、やはりおいしいに越したことはない(^^;)
実はご飯もとてもうまかった。
揚げ物なんか、ジュージュー音を立ててるのが運ばれてくる。
赤ちゃんと一緒にベッドで寝てて、
時間になればご飯が運ばれてくるなんて
実はこれから先、当分味わえない贅沢なんだよね。
その時には気がつかなかったけど。
退院したら忙しくなるのです。
入院生活はほやほやの赤ちゃんとまったりと十分に堪能しましょう!!
面会は、3時からは毎日いろんな人が来てくれた。
産院によっては
「子供は新生児にばい菌うつすから、面会禁止!」
なんてところもあるけど、ここはオッケーだった。
そのあたりはあまり神経質になってないのだ。
そんな、子供と会ってどうかなるほど、赤ちゃんだってヤワじゃないわよ。
私も甥っ子が面会に来てくれて嬉しかった。
部屋については個室がやっぱり良かった。
産院では月に30人しか出産を取り扱わないのに、
不思議なことに分娩日って重なるらしい。
私の時もとても混んでいて、最初の2日間は相部屋になった。
相部屋で何が不便だったかって、
思い切り泣けなかったこと。
意外にも、マタニティブルーが来たのです、出産後に。
自分のしぼんだおなかを見て悲しくなったり、
夜に赤ちゃんの顔見てて泣きたくなってきたり。
自分はそんなのないだろうと思ってたけど、いやはや、
わからないものです。
そんなわけで、親子で思い切り泣くにはやっぱり一人部屋。
そして気になるオシモの傷は・・・
最初の2日はおしっこするのが憂鬱だったけど、
3日目に急激に良くなって、ドーナツ座布団なしで
平気で座れるようになった。
5日目の抜糸もまた痛いんだろうなと思ってたら、
結構あっけなく終わって、しかも抜糸後の方が快適!
一応、溶ける糸で縫ってもらっているから、
「抜糸イヤだ」
という人は抜糸はしないらしい。
でも、「抜糸した方がつれる感じが無くていいわよ」
という助産師さんのアドバイスで抜糸することにした。
いやぁ、抜糸して正解、すっきりしました。
そしてつくづく、会陰切開しなくて良かったなぁ!
出産の疲労がとれて、
「そろそろ起き上がって生活したいなぁ」と思う頃に
うまく退院予定日って設定されてるもんですね。
1週間弱経って、歩くときにおなかが頼りない感覚はあるけど、
もうそろそろ大丈夫。
退院日。
楽しかった産院での生活も終わりです。
産院でできた友達にも別れを告げ、スタッフにも感謝しながらお別れ。
そしてピンクのバスタオルから
ベビードレスに着替えた赤ちゃんと一緒に我が家へ。
産院での赤ちゃんとの二人だけの濃密な思い出を胸に、
新たなる旅立ちの日です。
あぁ、幸せなお産だったなぁ。。。
分娩翌日の朝の気持ち良かったこと。
目をあけたら赤ちゃんが寝てる。
渋川産婦人科の良かったところ、もう一つ、母子同床。
赤ちゃんはピンクのバスタオルに包まれて、自分と同じベッドで
ずーっと添い寝ですごすのだ。
いつでも大接近して顔を眺めてられるのだ!
泣いたらオシメをかえてあげて、おっぱい。
昼も夜もひたすらオシメとおっぱいで過ごす。
合間合間に沐浴指導やミルク指導があったりして
思ったよりは入院生活は忙しい。
オシメで思い出した。
胎便て、時間が経つと全然とれなくなっちゃうから要注意。
持ち込んだおしりふきが安物でショボイと
本当に取れなくて苦労するし、しつこく拭かれる方もかわいそう。
GOONなんかはおすすめかもね、厚手だし。
オシリ拭きコットンを買って、
お湯で湿らせてパック容器に入れておくのが一番拭き易い。
でもちょっと面倒かな。
産院の方針で、おっぱいは自然に出るまで、
赤ちゃんには粉ミルクをあげたりはしなかった。
出ようが出てまいが、泣いたら赤ちゃんにおっぱい吸ってもらう。
赤ちゃんはそれで全然問題なし。
人間てうまくできてるもんだと、つくづく思った。
4日目で、ちゃんとでてきた。
出てくる前も出てきた後も、助産師さんに乳房マッサージしてもらったり、
とても手厚くケアをしてもらった。
乳房ケアは退院後も本当に丁寧にやってもらった。
これはありがたいもので、授乳も相談できたし心強かった。
リズムができあがるまでは何かと不安になるものだからね、授乳は。
食事については、もう体重気にせずモリモリ食べていいのが嬉しかった!
「ご飯は産院選びの要素ではない」
とは言ったものの、やはりおいしいに越したことはない(^^;)
実はご飯もとてもうまかった。
揚げ物なんか、ジュージュー音を立ててるのが運ばれてくる。
赤ちゃんと一緒にベッドで寝てて、
時間になればご飯が運ばれてくるなんて
実はこれから先、当分味わえない贅沢なんだよね。
その時には気がつかなかったけど。
退院したら忙しくなるのです。
入院生活はほやほやの赤ちゃんとまったりと十分に堪能しましょう!!
面会は、3時からは毎日いろんな人が来てくれた。
産院によっては
「子供は新生児にばい菌うつすから、面会禁止!」
なんてところもあるけど、ここはオッケーだった。
そのあたりはあまり神経質になってないのだ。
そんな、子供と会ってどうかなるほど、赤ちゃんだってヤワじゃないわよ。
私も甥っ子が面会に来てくれて嬉しかった。
部屋については個室がやっぱり良かった。
産院では月に30人しか出産を取り扱わないのに、
不思議なことに分娩日って重なるらしい。
私の時もとても混んでいて、最初の2日間は相部屋になった。
相部屋で何が不便だったかって、
思い切り泣けなかったこと。
意外にも、マタニティブルーが来たのです、出産後に。
自分のしぼんだおなかを見て悲しくなったり、
夜に赤ちゃんの顔見てて泣きたくなってきたり。
自分はそんなのないだろうと思ってたけど、いやはや、
わからないものです。
そんなわけで、親子で思い切り泣くにはやっぱり一人部屋。
そして気になるオシモの傷は・・・
最初の2日はおしっこするのが憂鬱だったけど、
3日目に急激に良くなって、ドーナツ座布団なしで
平気で座れるようになった。
5日目の抜糸もまた痛いんだろうなと思ってたら、
結構あっけなく終わって、しかも抜糸後の方が快適!
一応、溶ける糸で縫ってもらっているから、
「抜糸イヤだ」
という人は抜糸はしないらしい。
でも、「抜糸した方がつれる感じが無くていいわよ」
という助産師さんのアドバイスで抜糸することにした。
いやぁ、抜糸して正解、すっきりしました。
そしてつくづく、会陰切開しなくて良かったなぁ!
出産の疲労がとれて、
「そろそろ起き上がって生活したいなぁ」と思う頃に
うまく退院予定日って設定されてるもんですね。
1週間弱経って、歩くときにおなかが頼りない感覚はあるけど、
もうそろそろ大丈夫。
退院日。
楽しかった産院での生活も終わりです。
産院でできた友達にも別れを告げ、スタッフにも感謝しながらお別れ。
そしてピンクのバスタオルから
ベビードレスに着替えた赤ちゃんと一緒に我が家へ。
産院での赤ちゃんとの二人だけの濃密な思い出を胸に、
新たなる旅立ちの日です。
あぁ、幸せなお産だったなぁ。。。
2008年07月02日
追記…母親学級
妊娠5ヶ月くらいして、とある梅田のデパートが会場の
3市合同での母親学級の案内が来た。
会場がデパートだしちょっと行ってみようという気になり、出かけた。
全体的に話しの内容は悪くはなかったけど、
「参った〜!」と思ったのが、帰りに渡された「おみやげ」。
むちゃくちゃ重い!
泣きたくなるくらい重い!!
妊婦に結婚式の引き出物よりも重たいものを持たせるなよ!
中は、ベビーグッズのカタログはじめ試供品やら試食品やらがごちゃごちゃと。
あまりの仕打ちに「ただでゲットできて嬉しいわ〜」
なーんて気持ちは微塵もおこらなかった。
申し訳ないけど、デパートのゴミ箱にカタログはポイッ。
(某百貨店さんごめんなさい)
それでも重たい。
試供品なんて要らない。
ベビーローションだのなんだの、
赤ちゃんが使う量なんてたかが知れてる。
実際、ちっとも減らない、ずーっと使える。
だったら自分で好きなもの選んだ方がいい!
結局、母親学級は産院がやってくれるのだけで十分でした。
3市合同での母親学級の案内が来た。
会場がデパートだしちょっと行ってみようという気になり、出かけた。
全体的に話しの内容は悪くはなかったけど、
「参った〜!」と思ったのが、帰りに渡された「おみやげ」。
むちゃくちゃ重い!
泣きたくなるくらい重い!!
妊婦に結婚式の引き出物よりも重たいものを持たせるなよ!
中は、ベビーグッズのカタログはじめ試供品やら試食品やらがごちゃごちゃと。
あまりの仕打ちに「ただでゲットできて嬉しいわ〜」
なーんて気持ちは微塵もおこらなかった。
申し訳ないけど、デパートのゴミ箱にカタログはポイッ。
(某百貨店さんごめんなさい)
それでも重たい。
試供品なんて要らない。
ベビーローションだのなんだの、
赤ちゃんが使う量なんてたかが知れてる。
実際、ちっとも減らない、ずーっと使える。
だったら自分で好きなもの選んだ方がいい!
結局、母親学級は産院がやってくれるのだけで十分でした。

